企業が知っておくべき休職制度の基礎知識|適切な対応とルール作り
近年、従業員の健康問題やライフイベントを理由とした休職が増加傾向にあります。それに伴い、「休職対応をどのように進めればよいのか」「休職中の給与や社会保険の扱いはどうなるのか」といった疑問や悩みを抱える企業が増えています。休職制度の不備や運用ミスは、労務トラブルに発展して企業リスクを高める要因にもなりかねません。一方で、休職制度を適切に設計・運用し、休職者の円滑な復帰を支援する取り組みは、企業の信頼性向上や生産性の維持につながります。本コラムでは、企業が知っておくべき休職制度の基礎知識と、適切な対応やルール作りのポイントについて解説します。
はじめに
休職者対応が企業経営において重要な理由
休職は従業員が一定期間、業務から離れることを指し、心身の不調やケガ、育児や介護などさまざまな理由で利用されます。企業にとって休職者対応は、「人材を守る」「組織の秩序を保つ」「労働関連法令を遵守する」という観点で非常に重要です。特に、健康上の理由による休職の増加は社会的にも大きな課題となっており、企業の従業員健康管理体制が問われています。
もし休職制度の整備が不十分なまま運用すると、以下のようなリスクが生じる可能性があります。
- 労務トラブル
就業規則の不備や休職期間の不透明な運用によって、従業員と企業間でトラブルが起こるリスクがあります。訴訟や労基署への申告などに発展すると、企業のイメージや信用に影響を及ぼしかねません。 - 生産性の低下
休職者が発生した際の業務負担が他の従業員に偏ると、職場全体のモチベーションや生産性を下げる要因となります。休職者の迅速な復帰やスムーズな業務引き継ぎができないと、組織全体の生産性に悪影響を及ぼします。 - 採用活動への影響
「休職を認めない」「休職者を適切にサポートしない」などの企業イメージが広がると、新たな人材獲得にも支障が出ます。従業員を大切にする企業であることは、採用や従業員定着にも好影響をもたらします。
本コラムでは、休職制度を正しく理解し、適切に運用することで上記のリスクを最小限にとどめ、企業が継続的に成長できる環境づくりを促進する方法を解説します。
どんな場合に休職が認められるのか?
法的な休職制度の概要
休職制度は法令上で細かく定義されているわけではなく、就業規則や労働契約によって定められるのが一般的です。ただし、労働基準法・労働契約法・育児介護休業法など、関連法令の観点から休職や休業についての規定があり、それらを踏まえて設計されます。
企業には、従業員の健康管理義務(安全配慮義務)があります。これは従業員が健康を損なわずに働けるように配慮する義務であり、重大な健康リスクが認められる場合、企業側が休職を命じたり、本人の申請に基づいて休職を認めたりするケースがあります。
休職の主な理由
- 病気・ケガによる休職
業務外での病気やケガ、メンタルヘルス不調(うつ病など)により、長期間の療養が必要な場合に認められます。産業医や主治医の診断結果に基づき、業務に支障があると判断される場合は企業側が休職を検討します。 - 事故や疾病による長期療養
労災事故や通勤災害によるケガが原因で働けなくなった場合は、労災保険を適用しながら休職となるケースがあります。 - 出産・育児による休職
- 産前産後休業(産休)
出産予定日以前6週間(多胎妊娠は14週間)と、出産後8週間は労働基準法によって就業が制限されます。 - 育児休業(育休)
育児・介護休業法に基づき、子どもが1歳(一定の場合は2歳)になるまで休業可能です。
- 産前産後休業(産休)
- 介護休業
家族の介護が必要になった場合に、要介護状態にある家族1人につき通算93日まで休業可能とされています。こちらも育児・介護休業法に基づく制度です。 - 自己都合による休職
私的な理由で一定期間休職を希望する従業員に対して、企業が就業規則の範囲内で認める場合があります。留学やボランティア活動などが該当例となることもあります。
休職の申請と承認の流れ
- 申請書類の提出
従業員から休職申請がある場合、診断書や申請理由を明示した書面など、必要書類を企業に提出します。 - 企業側での審査・承認
人事担当や管理者、場合によっては産業医が申請内容を確認し、「どの程度業務に支障があるか」「休職が妥当か」を判断します。 - 休職期間の設定
就業規則で定めた上限や延長可否を踏まえ、休職期間を設定します。延長が必要な場合、再度診断書を提出して審査を行うケースが一般的です。 - 休職の終了・復職
休職期間が満了した時点で、産業医や主治医の意見を参考に「業務に支障がない」ことを確認し、復職の可否を判断します。復職が認められない場合は、退職・解雇の検討が必要になることもあります。
休職中の給与・社会保険の扱い
休職期間中の給与支払いのルール
一般的には、休職中の給与は無給とする企業が多いですが、就業規則や労使協定で一定額支給する制度を設ける場合もあります。労働基準法上、企業に休職期間中の給与を支払う義務はありません。ただし、休職理由や企業の就業規則によっては部分的な給与補償が行われるケースもあるため、制度の取り決めを明確にしておきましょう。
傷病手当金の活用
健康保険(社会保険)に加入している従業員が、業務外の傷病や病気・ケガで働けない状態にあり、給料が支払われない場合には、傷病手当金を利用できる可能性があります。
- 対象者: 健康保険加入者(被保険者)
- 支給開始: 最初の3日間は待機期間(給与が支給されない期間)で、4日目から支給対象
- 支給額: 1日あたり標準報酬日額の3分の2が支給
- 支給期間: 通常最長1年6か月(一定要件に該当する場合には延長もあり)
社会保険料・雇用保険の取り扱い
- 健康保険・厚生年金保険料
休職期間中でも被保険者資格が継続される場合、保険料は引き続き発生します。企業が全額を負担するか、従業員が自己負担するか、もしくは折半するかは企業の就業規則によって異なります。 - 雇用保険の継続と給付
休職中は雇用関係が維持されているため、雇用保険の被保険者資格も継続します。もし休職中に退職した場合には、退職後に一定の条件を満たしていれば失業給付(基本手当)を受給できる可能性があります。
労災保険の適用
業務上のケガや病気の場合には、労災保険の適用を検討します。労災保険が認定されれば、療養補償や休業補償などが受けられます。業務災害か否かは労働基準監督署の判断によりますが、早めに労災申請を行い、適用可否を確認することが重要です。
企業が取るべき適切な対応とルール作り
休職者対応の基本方針
- 休職者との適切なコミュニケーション
休職中は、従業員が職場から孤立しがちになります。定期的に連絡をとり、健康状態や復帰時期について確認することが大切です。ただし、過度な干渉にならないように配慮し、産業医や人事担当が連携して対応しましょう。 - 休職期間中のフォロー体制
休職者のメンタルヘルスケアを含めたサポート体制を整えておくことで、安心して療養に専念でき、結果として早期復帰につながる可能性が高まります。メンタル面の支援が必要な場合は、産業医や社外のカウンセラー、EAP(従業員支援プログラム)を活用するのも有効です。 - 休職者のメンタルヘルスケア(産業医の活用)
産業医は従業員の健康管理や職場環境の改善において重要な役割を担っています。休職中や復職前に産業医面談を行い、従業員の状態を客観的に把握し、適切な復職支援プランを検討しましょう。
休職制度を明確にするためのルール作り
- 就業規則への明記
- 休職の適用条件や手続き
- 休職期間の上限・延長可否
- 休職中の報告義務や連絡手段
- 健康状態の定期的な確認方法
- 休職中の報告義務や健康管理の方法
休職者自身が定期的に医師の診断書を提出する、もしくは電話やメールなどで経過を報告するなど、連絡ルールを設定します。 - 復職支援の仕組み
- 産業医面談の実施: 復職前に産業医や主治医からの復職可能の判断を得ることが重要です。
- 段階的な復職プラン: 心身の負担を考慮して、短時間勤務や軽作業から少しずつ業務量を増やす方法があります。
- 試し出勤(リハビリ出勤)の導入: いきなりフルタイムでの復帰が難しい場合に有効な制度です。
- 職場環境の整備
復職後、業務量や業務内容の調整、必要に応じた休憩の確保など、再発防止策を講じることが大切です。上司や同僚への情報共有は、本人のプライバシーに配慮しつつ、適切な範囲で行い、周囲の理解を得るようにします。
休職制度の運用における注意点
- 休職命令の適切な運用
従業員の健康状態が業務遂行に重大な支障をきたす恐れがある場合、企業が主導して休職を命じる場合もあります。産業医の意見を踏まえ、就業規則に基づいて慎重に判断しましょう。 - 復職判断の難しさと対応策
休職者が「復職したい」と希望しても、実際に業務に耐えうる状態であるかは個々の状況によって異なります。安易に復職を認めて再休職となれば、企業・従業員双方に大きな負担がかかります。主治医や産業医からの意見を重視し、試し出勤などの制度をうまく活用して状態を見極めましょう。 - 解雇リスクと対応策
- 休職期間満了後: 休職期間が満了しても復職が困難な場合は、退職や解雇を検討する必要が生じます。しかし不当解雇とみなされるリスクもあるため、就業規則に明示している休職期間や復職可否の基準を踏まえ、慎重に手続きを進めます。
- 法的リスク: 不当に解雇されたとして従業員が訴訟を起こした場合、企業イメージの損失は大きいです。専門家(社会保険労務士、弁護士など)に相談しながら進めることを推奨します。
まとめ
休職制度は、単なる「従業員が休むための制度」ではなく、企業が従業員の健康や生活を守り、持続的に組織の生産性を高めるための仕組みです。適切な運用は、企業の信頼性を高めるだけでなく、長期的には離職率の低下や優秀な人材の確保にもつながります。
- 休職制度の適切な理解と対応が企業の信頼性を高める
法的根拠や就業規則の運用ルールを正しく理解し、従業員に周知することで、組織内の混乱やトラブルを回避できます。 - 休職者との適切な関係維持が円滑な職場復帰につながる
休職期間中のコミュニケーションやメンタルヘルスケアを充実させることで、従業員が安心して療養に専念し、スムーズに復職できる可能性が高まります。 - 企業のルール作りと運用体制が休職対応のカギ
就業規則への明記、産業医面談や試し出勤などの制度設計、周囲への情報共有ルールなどを整備し、企業として休職者をサポートする体制を構築することが重要です。
休職制度の整備・運用については企業規模や業種によっても異なる事情がありますが、まずは自社の就業規則を見直し、産業医や専門家の意見を取り入れながら、より実効性のある制度づくりを進めましょう。従業員が安心して働ける環境を整えることは、企業の価値向上につながる重要な取り組みです。
産業医 / 健康経営アドバイザー 松田悠司