健康診断後の“放置”が招くリスクとは?企業が抱える健康管理の盲点を徹底解説
健康診断は法律で義務づけられており、多くの企業が定期的に実施しています。しかし、その結果を「放置」してしまうケースや、要再検査・精密検査を受けずにやり過ごしてしまう事例が少なくありません。実際、「せっかく健康診断を受けても、再検査の通知がきたまま手つかず」といった声が現場でもよく聞かれます。
本記事では、「健康診断後の放置」が生む重大なリスクと、企業が見落としがちな健康管理の盲点について解説します。産業医の立場から見ると、健康診断そのものは“入り口”に過ぎず、結果をどう活かすかこそが重要なポイントです。このままでは「もったいない健康診断」になってしまうかもしれません。企業と従業員が共にWin-Winの関係を築くためにも、健診結果の正しい活用方法を一緒に考えていきましょう。
―――――――――――――――――
1. 健康診断後の“放置”が招くリスクとは?
1-1. 放置リスク(事例ベース)
健康診断後の「放置」が招く最大のリスクは、病気の早期発見・早期治療の機会を逃してしまうことです。たとえば、要再検査の指摘があったにもかかわらず、忙しさを理由に受診を先延ばしにした結果、糖尿病や高血圧といった生活習慣病が進行し、合併症を発症してしまうケースがあります。
また、メンタルヘルス面でも、ストレスチェックや産業医面談で「高ストレス状態」「うつ病の可能性あり」と示唆されたにもかかわらず、フォローアップがされなかったケースが珍しくありません。たとえば、「気のせいだろう」と思っているうちに症状が悪化し、長期休職に至った例も実際に見受けられます。これは、産業医として「もう少し早ければ…」と残念に思う場面の代表例です。
1-2. 企業が抱える健康管理の盲点
1年に1回の定期健康診断を実施すれば「健康管理は十分」という認識が、すでに盲点です。健康診断はあくまで“スクリーニング”の役割であり、本当に必要なのはその後のフォロー。たとえば、「血糖値がやや高い」「高ストレス判定が出た」といった健診結果を受けて、産業医や保健師が具体的に受診勧奨や面談フォローを行うことで、重大なリスクを回避できるのです。
しかし実際には、以下のような状況が散見されます。
- 健診結果の把握はしているが、本人任せになってしまう
- 産業医に定期報告はしても、個別フォローの時間が足りない
- 「再検査が必要」と書かれていても、当事者意識が薄い
健康診断後のフォローは、産業医にとっても最も重要視すべき業務です。企業側は年1回の健診を実施するだけではなく、結果を活かすための仕組みづくりが必要となります。
―――――――――――――――――
2. 健診結果の“放置”が引き起こす医療費・休職リスク
2-1. 医療費の増加と企業のコスト面
健康診断で早期発見できる病気を放置し、症状が悪化してから治療を始めると、治療費は格段に増大します。加えて、高額な医療費がかかるようになると、企業の健康保険組合が負担するコストも上昇し、将来的には保険料率の引き上げにつながる恐れがあります。
実際、糖尿病や高血圧などの生活習慣病は、初期段階で見つかれば内服や食事療法・運動療法などでコントロール可能なケースが多いです。しかし、放置したまま数年経過して合併症(腎機能障害、心筋梗塞など)を発症すると、入院・手術が必要になることもあります。結果として医療費が膨れ上がるだけでなく、通院や入院で出社できず、企業全体としても生産性が落ちる可能性があるのです。
2-2. 長期休職リスクと人材損失
健診結果の“放置”がもたらすもう一つの大きなリスクが、長期休職です。生活習慣病やメンタルヘルス不調の兆候を見逃した場合、ある日突然、大きな病気や重度のメンタルヘルス障害が発覚し、長期休職を余儀なくされるケースがあります。
企業側としては、長期休職や離職が増えると、採用や人材育成に新たなコストがかかるばかりか、職場全体のモチベーションや士気の低下につながります。休職者のフォローをする従業員への負担も増えるため、仕事の遅れやチームワークの乱れが生じることもあり、これがさらに別の従業員の健康リスクへと発展する悪循環を生む可能性があります。
―――――――――――――――――
3. 産業医から見た“もったいない健康診断”の実態
3-1. 健診結果を“活かしきれていない”現状
産業医として最も感じるのが、「健診結果をうまく活用できていない企業が多い」ということです。結果票には「要再検査」「要精密検査」「要治療」などの判定値が記載されていても、忙しさや面倒くささから受診をしない従業員が多く、企業としても強制的に受診させる仕組みがないため、そのまま放置されがちです。
また、会社が健診結果をまとめていても、個別フォローまで行き届いていないケースが目立ちます。たとえば、データを集計して“リスクが高い部署”や“該当者の多い疾患傾向”を把握しても、具体的なアクション(受診勧奨や研修・指導)に繋がらないことが珍しくありません。
3-2. 正しいフォローアップの重要性
本来なら、以下のようなフォローアップが理想です。
- 要再検査判定者への受診勧奨:個別に連絡し、健康保険組合や産業医が早期に受診を促す
- 高ストレス者への面談:ストレスチェック結果を踏まえ、産業医・保健師がメンタルケアに着手
- 生活習慣改善指導:血圧や血糖値が高い従業員への食事・運動指導や医療機関の紹介
これらは産業医だけで完結するものではなく、人事や上司、従業員本人と連携することで大きな効果を得られます。特に、メンタル不調は自己判断だけで改善しにくい場合が多いため、早期に専門家の目が入ることが重要です。
―――――――――――――――――
4. “もったいない健康診断”を“活かす健康診断”へ変えるためのコツ
~企業ができる健康管理対策~
4-1. 健診結果の共有体制・管理フローの整備
まず、健診結果が戻ってきたら、「誰がどのように管理し、どの部署と共有するか」を明確に決めましょう。多くの企業では人事や総務などが取りまとめを行いますが、産業医ともデータ共有する体制を早めに整えることが大切です。
- 結果の迅速なフィードバック:受診後、できるだけ早く結果を従業員に渡し、必要な行動を促す
- 優先度の高い対象者抽出:要再検査・要治療・高ストレス判定者を早期にリストアップし、産業医や保健師が個別フォロー
- プライバシー保護とセキュアな管理:健康情報は極めて個人性の高いデータなので、情報漏えい対策を徹底する
4-2. 再検査・精密検査の受診率向上施策
「再検査・精密検査を受けるように!」と言うだけでは、なかなか従業員が動かない場合があります。そこで、企業としては次のような施策を検討できます。
- 就業時間内の受診奨励:再検査にかかる時間を有給または特別休暇として扱う
- インセンティブ付与:再検査受診率が高い部署への評価制度を設定
- 産業医・保健師による説明会:再検査を放置した場合のリスクを具体的に説明
また、ストレスチェックとも連動して、高ストレス者への産業医面談を設定したり、メンタル不調の疑いがある従業員への受診勧奨を行うことで、心身両面のフォローアップが可能になります。
4-3. 産業医面談の活用と継続的サポート
産業医面談を「形だけ」で終わらせない仕組みづくりが重要です。たとえば、
- オンライン面談や予約制の導入:忙しい従業員でも気軽に相談しやすい体制を作る
- プライバシー保護:面談場所やスケジュールを周囲に知られないよう配慮する
- 継続的な健康指導:一度の面談で終わらず、定期的にフォローアップできる仕組みを設ける
産業医が従業員の健康状態を継続的に把握することで、早期に異変に気づき、対策を講じやすくなります。こうした取り組みは従業員との信頼関係を築き、離職防止にも効果的です。
―――――――――――――――――
5. “健康診断後の放置”を防ぐためのポイントまとめ
- 健診結果の迅速な連絡・管理
- 産業医とデータを共有し、要再検査者や高ストレス者を早めに把握する。
- 個別フォロー体制の確立
- 要再検査・要治療の従業員へは積極的に受診を勧める。メンタル面も早期フォローが鍵。
- 受診率向上のための仕組みづくり
- 就業時間内の受診奨励、インセンティブ制度の導入など、現実的に利用しやすい施策を考える。
- 産業医の活用
- 面談や健康指導の場を形骸化させず、定期的に従業員の健康課題をチェック。必要に応じて人事・上司との連携を図る。
- 小さなステップからの実行
- 全社的な大規模改革でなくとも、部署単位・従業員単位でできることから始める。
―――――――――――――――――
6. まとめ
健康診断は企業にとって、従業員の健康状態を把握し、リスクを早期に見つける絶好のチャンスです。しかし、その結果を「放置」してしまうと、医療費の高騰や長期休職、離職リスクなど、企業と従業員の双方に大きなダメージを与えかねません。
一方で、健康診断後のフォローを徹底すれば、生産性向上や従業員満足度の向上、企業イメージのアップにつながる可能性があります。たとえば産業医を中心としたフォローアップ体制を強化し、再検査や精密検査の受診率を高めれば、早期治療・予防に繋がり、医療コストや休職リスクを大幅に抑えることができるでしょう。
「健診結果をただの紙切れにしない」という意識を社内に根付かせるには、経営層や管理職が率先して健康管理を推進することが不可欠です。産業医など専門家の知見を活かしつつ、従業員とのコミュニケーションを密に行うことで、企業と従業員が互いに健康でいられる「Win-Winの関係」を構築できます。
健康経営の観点からも、今後はますます従業員の心身の健康を重視する時代へと移行していくでしょう。ぜひ、健康診断を有効に活用し、早めの対策やフォローアップを実践してみてください。
産業医 / 健康経営エキスパートアドバイザー 松田悠司