産業医が解説!職場のハラスメントを防ぐための実践対策
誰もが安心して働ける理想の職場。しかし現実は、ハラスメントというウイルスが蔓延し、働く人々の心身を蝕んでいます。
本記事では、職場のハラスメントを防ぐための実践対策を、産業医の視点から分かりやすく解説します。パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメントなど、様々なハラスメントの種類と特徴を理解し、具体的な対策を学ぶことで、安心して働ける職場環境づくりを目指しましょう。
職場で起こるハラスメントの種類と特徴
誰もが安心して生き生きと働ける職場環境。誰もが理想とする姿ですよね。しかし現実は、様々なハラスメントが影を落とし、働く人々の心身を蝕んでいるケースが後を絶ちません。
ハラスメントは、早期発見・早期対応が重要です。
そのためには、まずハラスメントの種類と特徴を正しく理解することが不可欠です。ここでは、代表的なハラスメントを丁寧に解説し、皆さんが安心して働ける職場環境作りの一助となることを目指します。
パワーハラスメント(パワハラ)とは?6つの類型と具体例
パワーハラスメント(パワハラ)とは、職場で優位な立場を利用して、他者に精神的・身体的な苦痛を与える行為です。強い立場という武器を使って、弱い立場の人を攻撃するようなイメージです。
パワハラは以下の6つに分類できます
- 身体的な攻撃:殴る、蹴る、物を投げつけるといった、身体への直接的な暴力です。これは、分かりやすいハラスメントと言えるでしょう。
- 精神的な攻撃:暴言、脅迫、人格否定など、精神的に追い詰める行為です。例えば、「お前は仕事ができない!」、「役立たず!」といった暴言を浴びせ続けられる、あるいは、ミスを執拗に責め立てられるといった状況が想像できます。
- 人間関係からの切り離し:無視、仲間外れ、必要な情報を与えないなど、職場での孤立を強いる行為です。
- 過大な要求:業務上明らかに不要、あるいは遂行不可能なことを強制する、または仕事の妨害をすることです。到底達成できないノルマを課せられたり、必要な情報や資源を与えられずに仕事を妨害されるといったケースが考えられます。
- 過小な要求:能力や経験とかけ離れた低いレベルの仕事を与えたり、仕事を与えないことです。これは、能力を活かす機会を奪い、モチベーションを低下させる深刻な問題です。
- 個の侵害:私的なことに過度に立ち入ったり、プライベートな情報を職場に暴露することです。これは、個人のプライバシーを侵害する重大な行為です。
セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは?該当する言動例
セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、性的な言動によって相手を不快にさせたり、就業環境を悪化させることです。性的な冗談を言う、体を触る、プライベートな性的な質問をする、性的な内容のメールやメッセージを送る、性的な視線を送る、性的なポスターや写真を職場に掲示するなど、様々な行為が該当します。
セクハラは、男性から女性に対してだけでなく、女性から男性に対して、あるいは同性間でも起こり得ます。相手の意に反する性的な言動は、たとえ軽い気持ちで行われたとしても、セクハラに該当する可能性があります。
マタニティハラスメント(マタハラ)の定義と具体例
マタニティハラスメント(マタハラ)とは、妊娠・出産・育児休業などを理由とした嫌がらせのことです。妊娠中の女性社員に対し、「仕事に支障が出るから妊娠を諦めろ」と発言したり、育児休業を取得した社員に嫌がらせをしたりする行為が該当します。
マタハラは、「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」の2つに分類されます。前者は育児休業などの制度利用を阻害する言動、後者は妊娠・出産・育児に伴う体調不良や時間の制約などを理由とした嫌がらせを指します。
例えば、「妊娠しているのに、残業できないなんて迷惑だ」といった発言や、育児休業明けの社員に、責任の軽い仕事ばかりを割り当てるといった行為はマタハラに該当する可能性があります。
顧客からのハラスメント(カスタマーハラスメント)
顧客からのハラスメント(カスタマーハラスメント、カスハラ)とは、顧客からの理不尽な要求や暴言、迷惑行為などによって、従業員の就業環境が害されることです。
カスハラに遭った場合は、まず、落ち着いて相手の言い分を聞き、何が問題なのか理解しようと努めることが大切です。その上で、冷静に、かつ丁寧な言葉遣いで対応しましょう。
しかし、対応が難しい場合は、一人で抱え込まず、上司や同僚に相談し、助けを求めることが重要です。また、ハラスメントの内容を記録に残しておくことも、後の対応に役立ちます。
モラハラ|パワハラとの違い
パワハラとモラハラは、どちらも精神的な苦痛を与える行為ですが、その背景にある関係性に違いがあります。パワハラは、職場における優位的な関係性を背景に起こります。
一方、モラハラは、優位性に関わらず、相手を精神的に支配したり、追い詰めたりする行為です。パワハラは職場という限定的な環境で起こるのに対し、モラハラは家庭や友人関係など、あらゆる人間関係で起こり得ます。
職場ハラスメントの相談窓口と対応策
職場でのハラスメントは、心に深い傷を負わせる鋭利な刃物です。その傷は目には見えませんが、心の健康を蝕み、日々の生活に深刻な影を落とします。一人で抱え込まず、適切な相談窓口に助けを求めることが、この刃物から身を守るための第一歩です。
ハラスメントを受けた時の相談窓口一覧
ハラスメントを受けた時、どこに相談すれば良いのか迷う方も多いでしょう。相談窓口は大きく分けて社内と社外に分かれ、それぞれに特徴があります。まずは、それぞれの窓口の特徴を理解し、ご自身の状況に合った窓口を選ぶことが重要です。
相談窓口 | 具体的な相談内容 | メリット | デメリット |
社内相談窓口(人事部、上司、産業医、コンプライアンス担当者など) | ハラスメントの内容を伝え、事実関係の確認、対応策の検討を行います。記録を残すことも重要です。 | 問題解決が迅速に進みやすい | 社内での人間関係悪化の可能性がある |
労働基準監督署 | パワハラ、マタハラなど、労働環境に関する相談・通報を受け付けています。 | 問題解決が迅速に進みやすい | 社内での人間関係悪化の可能性がある |
弁護士会 | 法律相談や法的措置の支援などを行っています。 | 法的な観点からアドバイスをもらえる | 費用がかかる場合がある |
労働組合 | 労働条件の改善やハラスメント対策などに取り組んでいます。 | 団体交渉などの強い権限を持つ | 組合に加入していないと利用できない |
その他相談窓口(各都道府県労働局、専門機関など) | さまざまな相談窓口があります。 | 専門的な知識を持った相談員に相談できる | 窓口によっては予約が必要な場合がある |
社内での相談:相談相手と具体的な流れ
社内で相談する場合、まず相談相手を誰にするか慎重に選びましょう。直属の上司が加害者の場合は、人事部やハラスメント相談窓口の担当者などに相談するのが適切です。
相談相手が決まったら、具体的な状況を整理し、いつ、どこで、誰が、どのような行為をしたのかを時系列に沿って説明しましょう。医師に症状を伝えるように、客観的な事実を伝えることが重要です。
また、相談内容は必ず記録に残しましょう。日付、時間、相談相手、相談内容などを詳細にメモしておくと、後々の対応に役立ちます。
社外での相談:労働基準監督署、弁護士会など
社内での相談が難しい場合や、より専門的なアドバイスが必要な場合は、社外の相談窓口を利用しましょう。労働基準監督署は、パワハラやマタハラなど、労働環境に関する相談や通報を受け付けています。弁護士会では、法律相談や法的措置の支援を受けることができます。
それぞれの窓口の特徴を理解し、ご自身の状況に合った窓口を選ぶことが大切です。
ハラスメントの証拠集め:記録の重要性
ハラスメントの相談や訴えを行う際には、証拠集めが重要になります。ハラスメントを受けた日時、場所、状況などを具体的に記録しておきましょう。メールやLINEなどのメッセージのスクリーンショットは客観的な証拠として有効です。
もしハラスメントを目撃した人がいれば、証人になってもらうことも考えられます。証人の氏名や連絡先を記録しておくことも重要です。
また、状況によっては、録音や録画も有効な証拠となる場合があります。ただし、法律に抵触しない範囲で行うように注意が必要です。
会社に訴える方法と注意点
会社にハラスメントを訴える場合は、社内規定に則って手続きを行う必要があります。まず、証拠を綿密に準備しましょう。医師が治療方針を決定する際に、様々な検査データや画像診断の結果を総合的に判断するように、ハラスメントの訴えにおいても、客観的な証拠が不可欠です。
日時、場所、状況、ハラスメントの内容などを具体的に記録した資料や、メール、LINEなどのメッセージのスクリーンショットなどは、強力な証拠となります。
必要に応じて、弁護士に相談することも検討しましょう。訴訟を起こす場合は、費用や時間などがかかる可能性があるため、事前に弁護士に相談し、見通しを立てることが大切です。
ハラスメントのない職場環境を作るために
誰もが安心して生き生きと働ける職場は、私たちの共通の理想です。
ここではハラスメントのない職場環境を作るための具体的な対策を、産業医の視点も交えながら解説します。
職場環境改善のポイント
職場環境の改善は、日々の小さな積み重ねが重要です。風通しの良い職場を作るためには、単に規則を設けるだけでなく、一人ひとりが意識的に行動することが大切です。
風通しの良い職場とは、例えば、同僚が困っている時に「大丈夫?」と声を掛け合ったり、上司が部下の意見に耳を傾けたりするような、互いを尊重し合える関係性が築かれている状態です。
具体的には、以下のような取り組みが効果的です。
- 定期的な面談やミーティングの実施: 上司と部下、あるいは同僚同士が定期的に対話し、仕事上の課題や悩みを共有することで、互いの理解を深めることができます。
- 提案制度の導入: 従業員が自由に意見やアイデアを提案できる制度は、職場の風通しを良くする上で非常に効果的です。
- 職場環境に関するアンケートの実施: 無記名アンケートは、従業員の率直な意見を収集する貴重なツールです。
ハラスメント予防研修の導入
ハラスメントは、加害者が悪意を持って行っているとは限りません。無意識のうちに相手を傷つけているケースも多いのです。だからこそ、ハラスメント予防研修が重要となります。
研修では、ハラスメントの定義や種類、具体的な事例、発生した場合の対処法などを学ぶことができます。座学だけでなく、ロールプレイングを取り入れることで、より実践的なスキルを身につけることができます。
相談しやすい雰囲気作りのための対策
相談しやすい雰囲気作りは、ハラスメントの芽を早期に摘み取るために重要です。気軽に相談できる環境があれば、小さな悩みが深刻な問題に発展する前に対処できます。
相談窓口を設置するだけでなく、安心して相談できる雰囲気作りが不可欠です。相談員は、相談内容の秘密を厳守する必要があります。
相談しやすい時間帯の設定や、匿名での相談受付なども検討することで、より多くの従業員が安心して利用できる窓口になります。
ストレスチェック制度の活用方法
ストレスチェック制度は、従業員のメンタルヘルス状態を客観的に把握するための、いわば「心の健康診断」です。定期的なストレスチェックは、潜在的な問題を早期に発見する機会を提供します。
ストレスチェックの結果は、個人のプライバシーに配慮しながら、職場環境の改善に役立てることが重要です。高ストレス者には、産業医や専門機関との連携を通して、適切なサポートを提供する必要があります。
メンタルヘルス対策の具体的な取り組み
メンタルヘルス対策は、従業員の健康と生産性を守るための、いわば「心の健康管理」です。ハラスメントは、心の健康に深刻なダメージを与える可能性があるため、予防と早期対応が重要です。
具体的な取り組みとして、メンタルヘルスに関する研修の実施や、職場復帰支援プログラムの導入などが挙げられます。専門機関との連携も重要です。メンタルヘルスの問題は、一人で抱え込まず、専門家のサポートを受けることが大切です。
まとめ
職場でのハラスメント対策、種類や特徴、相談窓口、そしてハラスメントのない職場づくりについて解説しました。
ハラスメントは誰にとっても深刻な問題であり、早期発見・早期対応が重要です。職場に蔓延する前に、一人ひとりがハラスメントへの理解を深め、自分自身や周りの人を守る意識を持つことが大切です。
もし、ハラスメントで悩んでいるなら、一人で抱え込まずに、相談窓口や専門機関に相談してみましょう。安心して働ける環境を作るために、小さな一歩から始めてみませんか?
産業医 / 健康経営アドバイザー 松田悠司