近年、働く女性の健康支援は、企業の持続的な成長に不可欠な要素として注目されています。特に乳がん・子宮頸がんは、早期発見と適切な治療により就業継続が可能な疾患であるにもかかわらず、検診率の低さが課題となっています。本記事では、企業が主体となってこれらの検診を推進し、働く女性の健康とキャリアを支えるための具体的な方法を探ります。
企業が「女性特有のがん検診」に取り組む意義
働く世代のがん発症リスクと“見過ごされがち”な実態
国立がん研究センターの統計によると、乳がんは30代から増加し始め、40代後半から50代前半でピークを迎えます。また、子宮頸がんは20代後半から増加し、40代でピークを迎える傾向にあり、まさに働き盛りの世代が直面するリスクと言えます。しかし、日々の業務に追われる中で、自身の健康管理、特にがん検診は後回しにされがちなのが実情です。
「健康経営」「ダイバーシティ推進」「人的資本経営」としての重要性
企業が従業員の健康増進に積極的に関与する「健康経営」の観点から、女性特有のがん検診推進は重要な取り組みです。また、多様な人材が活躍できる環境を目指す「ダイバーシティ推進」、従業員を資本と捉えその価値を最大限に引き出す「人的資本経営」の視点からも、女性従業員の健康を守り、安心して働き続けられる環境を整備することは、企業価値向上に直結します。
乳がん・子宮頸がんは早期発見で治療・就業継続が可能な疾患
乳がん・子宮頸がんは、早期に発見し適切な治療を開始すれば、多くの場合、良好な経過が期待でき、治療と仕事の両立も可能です。企業が検診を推進することは、従業員の生命と健康を守るだけでなく、貴重な人材の喪失を防ぐことにも繋がります。
検診率の低さが示す課題と企業の責任
厚労省等のデータをもとに検診率の現状を紹介
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、乳がん検診の受診率は40代から60代の女性で約45%、子宮頸がん検診は20歳以上の女性で約44%(いずれも令和元年データ)と、政府が目標とする50%に達していません。特に、子宮頸がんに関しては、発症のピークが若い世代であるにもかかわらず、20代から40代の検診率が低い傾向にあります。
検診を受けない理由:忙しさ、費用、羞恥心、情報不足
検診を受けない主な理由として、「時間がない・忙しい」「費用がかかる」「検査に伴う羞恥心がある」「どこで受けられるか分からない、情報が不足している」などが挙げられます。これらの障壁を取り除くためには、個人の努力だけに頼るのではなく、企業による積極的な働きかけが求められます。
職場での機会提供が検診率向上に直結する理由
従業員が多くの時間を過ごす職場において検診の機会が提供されれば、時間的な制約や情報不足といった課題の解決に繋がり、受診へのハードルを大幅に下げることができます。結果として、検診率の向上が期待できます。
企業でできる乳がん・子宮頸がん検診の推進策
企業が主体となって乳がん・子宮頸がん検診を推進するためには、具体的な施策が必要です。以下に、実効性の高い取り組みを紹介します。
✅ 1. 健診の補助・実施体制の整備
- 検診費用の補助、オプション費用の会社負担: 法定の定期健康診断に加えて、乳がん検診(マンモグラフィ、超音波検査など)や子宮頸がん検診の費用を企業が全額または一部補助することで、従業員の経済的負担を軽減します。人間ドックのオプションとしてこれらの検診が含まれる場合、その費用を会社が負担することも有効です。
- 会社主導の集団検診(社内・近隣医療機関との連携): 検診機関と連携し、社内に検診車を導入したり、近隣の医療機関で集団検診日を設けたりすることで、従業員が手間なく受診できる環境を整備します。これにより、予約の手間や移動時間を削減できます。
- 勤務時間内受診の推奨・就業扱いにする取り組み: 検診受診日を特別休暇としたり、勤務時間内の受診を認め、就業扱いとしたりすることで、従業員が気兼ねなく検診を受けられるように後押しします。「仕事が忙しくて休めない」という理由での未受診を防ぐ効果が期待できます。
✅ 2. 社内啓発・情報提供
- がん検진の重要性を伝える社内セミナー・広報(メール、掲示物): 産業医や外部の専門家を講師として招き、がん検診の重要性や正しい知識を伝えるセミナーを開催します。また、社内イントラネット、メールマガジン、ポスター掲示などを通じて、定期的に情報を発信し、従業員の意識向上を図ります。
- 体験談や専門家のメッセージで“自分ごと化”を促す: 実際に検診を受けて早期発見に至った従業員の体験談(プライバシーに配慮し、本人の同意を得た上で)や、信頼できる専門家からのメッセージを発信することで、従業員が検診を「自分ごと」として捉え、受診行動に繋がるよう促します。
- 検診啓発月(ピンクリボン運動など)を活用した社内活動: 毎年10月の「ピンクリボン月間」などの啓発キャンペーンと連動し、社内でイベントを実施したり、関連情報を提供したりすることで、検診への関心を高める機会とします。
✅ 3. 再検査・精密検査後のフォロー体制
- 「要精密検査」結果後の就業配慮や通院支援: 検診結果で「要精密検査」となった従業員に対して、安心して医療機関を受診できるよう、休暇制度の柔軟な運用や、通院のための時間休を認めるなどの配慮を行います。
- プライバシーに配慮した相談ルートの確保(産業医・保健師): 検診結果に関する不安や、今後の治療と仕事の両立についての悩みを、プライバシーが守られた環境で相談できる窓口を設けます。産業医や保健師がその役割を担い、専門的な立場からアドバイスやサポートを提供します。
- 通院・治療中の社員への情報共有・人事対応マニュアル整備: がん治療と仕事の両立支援制度(短時間勤務、時差出勤、在宅勤務など)に関する情報を従業員に周知するとともに、人事担当者向けには、該当する従業員への適切な対応方法をまとめたマニュアルを整備し、円滑なサポート体制を構築します。
産業医の役割:検診と就業支援の“橋渡し”として
企業における女性特有のがん検診推進と、その後の就業支援において、産業医は極めて重要な役割を担います。
社員と企業の間に立つ立場だからこそできること
産業医は、医学的な専門知識を持つと同時に、企業の状況も理解している中立的な立場にあります。この特性を活かし、従業員と企業の双方にとって最善の策を講じることができます。
- 検診の意義を個別面談で伝える: 定期健康診断後の結果説明や、健康相談の機会を通じて、個々の従業員に対し、年齢やリスクに応じたがん検診の重要性を丁寧に説明し、受診を促します。
- 精密検査後の働き方に関する医学的助言: 「要精密検査」となった従業員や、治療を開始する従業員に対して、治療の副作用や体力面を考慮した働き方(業務内容の調整、勤務時間の変更、休職の必要性など)について、医学的観点から具体的な助言を行います。
衛生委員会や健康セミナーでの継続的啓発活動
衛生委員会や安全衛生委員会において、女性特有のがん検診の重要性や企業の取り組み状況を定期的に報告し、議論を深めます。また、健康セミナーの講師として、最新の情報や知識を従業員に提供し、健康意識の向上に努めます。
人事部との連携で、配慮が必要な社員への就業環境調整提案
産業医は、治療と仕事の両立が必要な従業員の状況を把握し、プライバシーに最大限配慮した上で、人事部門と連携し、適切な就業上の措置(配置転換、業務負荷の軽減、職場環境の改善など)を提案します。これにより、従業員が安心して治療に専念し、円滑に職場復帰できるよう支援します。
まとめ:女性の健康支援は企業の価値向上にもつながる
検診率向上は就業継続・離職防止・人材確保につながる
企業が乳がん・子宮頸がん検診の推進に積極的に取り組むことは、単に福利厚生を手厚くするというだけでなく、従業員の健康を守り、安心して働き続けられる環境を提供することを意味します。これにより、早期発見・早期治療による救命はもちろんのこと、治療後のスムーズな職場復帰を促し、貴重な人材の離職を防ぐことに繋がります。ひいては、長期的な視点での人材確保にも貢献します。
社員の健康を守る企業姿勢が、採用・定着率にも好影響
従業員の健康と真摯に向き合う企業の姿勢は、社内外にポジティブなメッセージとして伝わります。従業員のエンゲージメント向上や、企業イメージの向上に繋がり、優秀な人材の採用や定着率の改善にも好影響を与えるでしょう。
産業医や保健スタッフと連携し、継続的な仕組みづくりを
女性特有のがん検診推進は、一度きりのキャンペーンで終わらせるのではなく、産業医や保健師などの専門スタッフと緊密に連携し、PDCAサイクルを回しながら、自社に合った継続的な仕組みを構築していくことが重要です。従業員一人ひとりの健康が、企業の持続的な成長を支える基盤となることを認識し、積極的に取り組んでいきましょう。
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産業医 / 健康相談エキスパートアドバイザー 松田悠司