働く女性のPMS・PMDD対策|企業が理解すべき体調変化と配慮とは?

はじめに:PMS・PMDDは「個人の問題」ではなく「職場の課題」

「なんとなく不調」が続く、「いつもの自分じゃない感じがする」。こうした月経前の心身の不調は、月経前症候群(PMS)や、より精神症状が重い月経前不快気分障害(PMDD)のサインかもしれません。これらの症状は、決して「気のせい」や「個人の問題」として片付けられるものではなく、働く女性の業務パフォーマンスに深刻な影響を及ぼす「職場の課題」として認識する必要があります。

実は、多くの女性がこれらの症状に悩んでいます。ある調査によれば、月経のある女性の約70~80%が何らかの月経前症状を経験しており、そのうち日常生活に支障をきたすほどの症状を持つ人は約5.4%にのぼるとされています。さらに、PMDDの有病率は3~8%という報告もあり、決して他人事ではありません。

近年、企業経営において従業員の健康維持・増進を重視する「健康経営」や、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる職場環境を目指す「ダイバーシティ&インクルージョン」の推進が重要視されています。PMS・PMDDへの理解と対策は、まさにこれらの取り組みと直結するものであり、女性従業員が安心して能力を発揮し、長く活躍し続けるために不可欠な視点と言えるでしょう。

PMS・PMDDの代表的な症状と仕事への影響

PMS・PMDDの症状は多岐にわたり、その現れ方には個人差が大きいのが特徴です。主な症状と、それが仕事にどのような影響を与えるのかを見ていきましょう。

  • 身体的症状:
    • 腹痛・腰痛: デスクワークや立ち仕事など、同じ姿勢を続ける業務において集中力の低下や作業効率の悪化を招くことがあります。
    • 頭痛: 思考力や判断力の低下につながり、重要な意思決定や緻密な作業に影響を及ぼす可能性があります。
    • むくみ: 体の重だるさや不快感から、業務への意欲減退や疲労感の増大につながることがあります。
    • 倦怠感: 全身のだるさや無気力感により、業務遂行能力全般の低下を引き起こすことがあります。
  • 精神的症状:
    • イライラ・怒りっぽさ: 同僚や顧客とのコミュニケーションにおいて、些細なことで感情的になりやすく、人間関係に摩擦を生じさせる可能性があります。
    • 不安感・緊張感: 新しい業務への挑戦やプレゼンテーションなど、ストレスのかかる状況で過度なプレッシャーを感じやすくなります。
    • 抑うつ気分・涙もろさ: モチベーションの低下や自己評価の低下を招き、業務への意欲を著しく削ぐことがあります。
    • 集中力・記憶力の低下: 会議の内容が頭に入らない、単純なミスが増えるなど、業務の質や効率に直接的な影響を与えます。

これらの症状が複合的に現れることで、仕事においては以下のような影響が現れやすくなります。

  • 判断力の低下: 重要な局面での意思決定に迷いが生じたり、誤った判断を下したりするリスクが高まります。
  • 感情の起伏の激化: 普段は冷静に対応できることでも感情的になりやすく、周囲との円滑なコミュニケーションが困難になることがあります。
  • 欠勤・遅刻・早退の増加: 体調不良により、やむを得ず仕事を休んだり、遅刻や早退をしたりするケースも少なくありません。

さらに、PMS・PMDDの症状は個人差が非常に大きく、同じ人でも月によって症状の重さが異なる場合があります。また、症状を周囲に理解されにくい、あるいは「甘え」と捉えられてしまうことを恐れて、一人で抱え込んでしまうケースも多く、問題が表面化しにくいという側面も持っています。

職場でできる具体的な配慮と対応策

PMS・PMDDの症状を抱える女性従業員が安心して働ける環境を整備するために、企業はどのような配慮や対応策を講じることができるのでしょうか。

  • 柔軟な勤務体制の導入:
    • 時差出勤: 通勤ラッシュを避けることで、身体的な負担を軽減し、精神的なゆとりを持つことができます。特に午前中に症状が重い場合に有効です。
    • 在宅勤務: 自宅という安心できる環境で、自分のペースで業務に取り組むことができます。体調に合わせて休憩を取りやすく、服装などの自由度も高いため、心身の負担軽減につながります。
    • 時短勤務: 症状が特に重い数日間だけでも勤務時間を短縮することで、無理なく仕事を続けることを支援します。
  • パフォーマンスが下がる時期を想定した業務配分の工夫: 症状が現れやすい時期を事前に把握できる場合は、その期間の業務量や内容を調整することが有効です。例えば、重要な会議やプレゼンテーション、高い集中力を要する作業を避け、比較的負担の少ない業務を担当してもらう、あるいはチーム内で一時的に業務を分担するなどの配慮が考えられます。個人の状況に合わせて、上司や同僚と相談しながら柔軟に対応できる体制が理想です。
  • 「生理に関する相談」をしやすくする風土づくり: 生理に関する悩みはデリケートな問題であり、オープンに話しにくいと感じる人も少なくありません。企業としては、相談しやすい窓口(例:人事部、産業医、保健師、信頼できる上司など)を明確にし、相談内容のプライバシーが守られることを保証する必要があります。また、日頃からハラスメント防止の意識を高め、生理現象に対する正しい知識を共有することで、相談への心理的なハードルを下げることができます。
  • チームや上司が配慮しやすくなるための教育: PMS・PMDDについて、管理職を含む全従業員が正しい知識を持つことが重要です。EAP(従業員支援プログラム)の一環としてセミナーを実施したり、管理職研修のテーマとして取り上げたりすることで、症状への理解を深め、具体的な対応方法やコミュニケーションのポイントを学ぶ機会を提供します。これにより、個々の従業員への声かけやサポートが適切に行えるようになり、チーム全体で支え合う文化の醸成につながります。

産業医ができる支援と連携のポイント

産業医は、医学的な専門知識を持つ立場から、PMS・PMDDに悩む従業員と企業双方にとって重要な役割を担います。

  • 就業上の配慮(勤務緩和、作業内容変更)の提案: 従業員からの相談に基づき、症状の程度や業務内容を総合的に判断し、企業に対して具体的な就業上の配慮(例:休憩時間の確保、時間外労働の制限、立ち仕事から座り仕事への一時的な変更など)を医学的根拠に基づいて提案します。これにより、企業は客観的な意見を参考に、適切な措置を講じることができます。
  • 症状と働き方のマッチングを行う「医学的な視点からの助言」: 単に症状を抑えるだけでなく、その人らしい働き方を継続できるよう、医学的な視点から具体的なアドバイスを行います。例えば、症状を悪化させないための生活習慣の指導(食事、睡眠、運動など)、セルフケアの方法、必要に応じた専門医への受診勧奨などが挙げられます。個々の状況に合わせたきめ細やかなサポートが求められます。
  • 相談窓口としての役割(守秘義務・プライバシーの保護): 産業医には厳格な守秘義務があるため、従業員は安心して心身の悩みを相談することができます。産業医面談を通じて、従業員は自身の症状や不安を吐き出し、客観的なアドバイスを得ることで、精神的な負担を軽減することができます。企業は、産業医面談が利用しやすい環境を整備することが重要です。
  • 社内衛生委員会・人事との連携の具体例: 産業医は、社内衛生委員会や人事部門と密接に連携し、PMS・PMDDに関する課題解決に取り組みます。具体的には、衛生委員会での啓発資料の提供や講話の実施、人事部門への制度設計(例:休暇制度、柔軟な勤務体制)に関する助言、相談しやすい環境づくりのための提案などが考えられます。これにより、組織全体としての取り組みを推進することができます。

PMS・PMDDに配慮した企業の取り組み事例

近年、女性の健康課題に積極的に取り組む企業が増えています。ここでは、参考となる取り組み事例をいくつかご紹介します。

  • 女性の健康支援制度を導入している企業の例: 一部の企業では、「生理休暇」とは別に、PMSや更年期症状など女性特有の健康課題に対応するための特別休暇制度を設けたり、婦人科検診の費用補助を手厚くしたりする動きが見られます。また、社内に女性専用の相談窓口を設置し、専門家によるカウンセリングを提供する企業もあります。
  • 月経トラッキングアプリ・フェムテックの導入支援: 従業員が自身の月経周期や体調変化を記録・管理できる月経トラッキングアプリの利用を推奨したり、法人向けフェムテックサービスを導入したりする企業も出てきています。これにより、従業員は自身の体調の波を把握しやすくなり、セルフケアに役立てることができます。また、企業側も匿名化されたデータに基づいて、より効果的な健康支援策を検討することが可能になります。
  • 「体調の波」を前提にした働き方改革: 週休3日制やフレックスタイム制のコアタイム廃止、リモートワークの積極的な推進など、従業員一人ひとりが自身の体調やライフスタイルに合わせて柔軟に働ける環境を整備する企業も増えています。こうした働き方改革は、PMS・PMDDの症状によってパフォーマンスが変動しやすい女性従業員にとって、心身の負担を軽減し、能力を発揮し続けるための大きな支えとなります。

これらの事例はあくまで一例であり、企業規模や業種、従業員のニーズに応じて、最適な取り組みは異なります。自社に合った形で、できることから始めてみることが重要です。

まとめ:PMS・PMDDに向き合う企業が「選ばれる時代」へ

PMS・PMDDは、多くの働く女性が直面する可能性のある健康課題です。これまでは個人の問題として見過ごされがちでしたが、企業がこの問題に真摯に向き合い、理解と支援を示すことは、従業員の定着率向上や生産性向上、さらには企業イメージの向上にも繋がります。

無関心や誤解に基づく対応ではなく、適切な知識に基づいた理解と具体的な支援策のある職場環境は、女性従業員が安心して能力を発揮し、長期的に活躍していくための基盤となります。産業保健体制を充実させ、PMS・PMDDを含む女性特有の健康課題への取り組みを強化することは、女性活躍推進を真に実現するための重要なステップと言えるでしょう。

誰もが心身の健康を保ちながら、いきいきと働ける社会の実現に向けて、企業と従業員が共にこの課題に向き合っていくことが求められています。PMS・PMDDへの配慮は、特別なことではなく、多様な人材が活躍できるインクルーシブな職場環境づくりの一環として、今後ますますその重要性が高まっていくでしょう。


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産業医 / 健康相談エキスパートアドバイザー 松田悠司

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