名ばかり産業医で終わらせない!企業にとっての“戦略的パートナー”としての産業医活用法

名ばかり産業医で終わらせない!企業にとっての“戦略的パートナー”としての産業医活用法

はじめに:なぜ今、“産業医の活用”が注目されているのか

「産業医は法令で定められているから契約しているが、実際の活動はほとんどない」――残念ながら、いまだにこうした「名ばかり産業医」の状態に留まっている企業は少なくありません。しかし、働き方の多様化、メンタルヘルス不調の増加、そして「人的資本経営」が重視される現代において、産業医を単なる法令遵守のための形式的な存在として捉えることは、企業にとって大きな機会損失と言えるでしょう。

変化の激しい時代を勝ち抜くためには、従業員一人ひとりが心身ともに健康で、その能力を最大限に発揮できる環境づくりが不可欠です。今こそ、産業医を企業の成長を支える“戦略的パートナー”として捉え、その専門性を積極的に活用していく企業こそが、従業員の健康と企業の利益、その両方を守り抜く時代へと変化しています。

産業医が実際に支援できる領域と企業が得られるメリット

産業医の専門性は、企業の健康課題解決において多岐にわたる貢献が可能です。具体的にどのような支援が期待でき、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。

メンタルヘルス対応:心の健康を守り、組織の活力を維持する

現代社会において、メンタルヘルス不調は企業にとって喫緊の課題です。産業医は、高ストレス者との面談を通じて個別のケアを行うだけでなく、うつ病や不安障害といった精神疾患の早期発見・早期対応を支援します。特に重要なのは、本格的な休職に至る前の「未休職層」へのアプローチです。産業医による適切な初期対応や職場環境への助言は、従業員の離職を防ぎ、生産性の維持・向上に直結します。

休職・復職支援:スムーズな職場復帰と再発予防をサポート

従業員がメンタルヘルス不調や傷病により休職した場合、その後の復職支援は極めて重要です。産業医は、主治医とは異なる産業医学の観点から、復職の可否を医学的に評価し、個々の状況に合わせた段階的な職場復帰支援(リワークプログラムなど)の計画・実行をサポートします。これにより、スムーズな職場定着を促し、再休職のリスクを低減させることが期待できます。

労災予防・安全配慮義務対応:リスクを未然に防ぎ、健全な職場環境を構築

長時間労働による健康障害や過労死、職場で発生する事故は、企業にとって大きなリスクです。産業医は、過重労働者との面談を通じて健康状態を把握し、必要な措置について助言します。また、定期的な職場巡視によって、物理的な危険箇所だけでなく、作業方法や労働環境に潜むリスク要因を発見し、改善を促します。こうした活動の記録を適切に整備することは、労働基準監督署からの指摘や万が一の訴訟リスクを回避するためにも不可欠です。

“問題が起こる前”に活かせる!産業医の予防的活用方法

産業医の真価は、問題が発生した後の対応だけではありません。むしろ、“問題が起こる前”の予防的な関与にこそ、大きな可能性があります。

ストレスチェックの活用:法定義務から戦略的ツールへ

年に一度のストレスチェックは、多くの企業で実施されているものの、単に法定義務をこなすだけで終わってしまってはいないでしょうか。産業医は、ストレスチェックの結果を詳細に分析し、高ストレス者の特定だけでなく、部署ごと、あるいは職種ごとのストレス傾向を把握(集団分析)します。その結果に基づき、職場環境の具体的な改善策や、従業員向けのメンタルヘルス研修などを提案することで、組織全体のストレス耐性を高めることができます。

ハラスメントの芽を摘む初期介入:風通しの良い職場づくり

パワーハラスメントやセクシャルハラスメントは、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、職場の生産性を著しく低下させます。産業医は、ハラスメントに関する相談窓口としての機能や、相談があった場合の初期対応において重要な役割を担うことができます。また、定期的な職場巡視や従業員面談を通じて、職場の「言えない空気」や潜在的なハラスメントの兆候を第三者の視点から見抜き、早期の介入を促すことも期待されます。

働き方の改善提案:多様な働き方を健康面からサポート

長時間労働、不規則なシフト、睡眠不足、長距離通勤など、現代の働き方には様々な健康リスクが潜んでいます。また、テレワークやABW(Activity Based Working)といった新しい働き方の導入時にも、運動不足や孤独感、オンオフの切り替えの難しさといった新たな健康課題が生じることがあります。産業医は、これらの状況に対して、就業上の配慮や作業環境の整備、健康的な生活習慣に関する情報提供など、専門的な見地から具体的な改善策を提案します。

健康経営・人的資本経営と産業医の関係

近年、従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践する「健康経営」や、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す「人的資本経営」が注目されています。産業医の活用は、これらの取り組みにおいても重要な鍵を握ります。

経済産業省が推進する「健康経営優良法人認定制度」では、産業医・保健師の関与や、メンタルヘルス対策、健康増進施策の実施状況などが評価ポイントとなっています。産業医との連携を強化し、具体的な活動実績を積み重ねることは、認定取得に向けた有効な手段となります。

さらに、従業員のエンゲージメント向上、離職率の低下、生産性の向上といった経営目標の達成と、従業員の健康状態は密接に関連しています。産業医は、健康診断結果やストレスチェック結果などの「健康データ」を専門的に分析・解釈し、企業が人的資本に関する情報を開示する際に、客観的で信頼性の高い情報を提供することができます。

実際に産業医を活用している企業の取り組み事例

産業医を積極的に活用し、成果を上げている企業は着実に増えています。例えば、以下のような取り組みが見られます。

  • 面談体制の充実で休職率を半減させた企業: 産業医面談の機会を増やし、相談しやすい環境を整備することで、従業員の不調を早期にキャッチアップ。結果として、メンタルヘルス不調による休職者数を大幅に削減しました。
  • ストレスチェック集団分析で部署ごとのマネジメント改革を実施した企業: 産業医がストレスチェックの集団分析結果を基に、各部署の管理職と連携。職場環境改善やコミュニケーション活性化のための具体的なアクションプランを実行し、組織全体のストレスレベルを低減させました。
  • フィジカル・メンタル両面からの健康セミナーを定着化させた企業: 産業医や保健師が中心となり、生活習慣病予防、メンタルヘルス、睡眠、栄養など、多岐にわたるテーマで定期的に健康セミナーを開催。従業員の健康リテラシー向上と行動変容を促しています。

これらの事例はほんの一例ですが、産業医との連携を深めることで、企業が抱える様々な課題解決に繋がる可能性を示唆しています。

まとめ:産業医を“戦略的パートナー”として捉える発想を

これからの時代、産業医は単に「法令で定められた存在」として形だけを整えるのではなく、企業の持続的な成長と従業員の幸福を両立させるための“戦略的パートナー”として捉え直す必要があります。

その役割は、「法令対応」という受け身の姿勢から、「組織全体のパフォーマンス向上を積極的に支援する」という能動的なものへと進化しています。人事部門や経営層が、産業医と企業の目指すゴールを共有し、課題解決に向けて共に汗を流す。そのような正しい連携と積極的な相談体制を構築することこそが、これまで「コスト」と見なされがちだった産業医の存在を、企業の未来を創造する「価値」へと転換させる力となるでしょう。

今こそ、あなたの会社の産業医との関わり方を見直し、その専門性を最大限に活かすための一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。


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産業医 / 健康相談エキスパートアドバイザー / 健康経営専門医 松田悠司

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