高ストレス者面談の正しい進め方:産業医面談でできること
「ストレスチェックの結果が出たけれど、高ストレス者への対応はどう進めればいいのか?」 「面談勧奨をしても、従業員が手を挙げてくれない……」
毎年実施されるストレスチェックの時期になると、多くの企業の人事労務担当者様からこのようなご相談をいただきます。
高ストレス者面談は、単なる法令遵守(コンプライアンス)のための手続きではありません。**「メンタルヘルス不調の未然防止」と「企業の安全配慮義務リスクの回避」**という、経営を守るための極めて重要なプロセスです。
今回は、産業医の視点から、高ストレス者面談の本来の目的、正しい進め方、そして産業医を最大限活用するためのポイントについて、専門用語を噛み砕いて解説します。
なぜ「高ストレス者への対応」が企業にとって重要なのか
まず、企業がこの問題に真剣に取り組まなければならない背景には、大きく分けて2つのリスクがあります。
① 法的リスクと安全配慮義務
労働契約法第5条により、企業には従業員が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります。 もし、ストレスチェックで「高ストレス」と判定された従業員を放置し、その後その方がうつ病を発症したり、最悪の場合、過労自殺などの事態に至ったりした場合、**「企業は不調の兆候を知り得る状態にあったのに対策を怠った」**として、多額の損害賠償を請求されるリスクが生じます。
② 「プレゼンティーズム」による生産性の低下
病欠(アブセンティーズム)も問題ですが、近年より深刻視されているのが**「プレゼンティーズム」**です。これは、「出勤はしているが、心身の不調によりパフォーマンスが著しく落ちている状態」を指します。 高ストレス状態の社員は、集中力や判断力が低下しており、業務ミスの増加や事故につながる可能性があります。これは目に見えない巨大なコストとして経営を圧迫します。
放置するとどうなる? 従業員と職場への影響
高ストレス状態が続くと、個人の健康だけでなく、組織全体に悪影響が波及します。
- メンタルヘルス不調の顕在化: 不眠、食欲不振、動悸などが続き、最終的には適応障害やうつ病などの診断がつき、長期休職に至るケースが増えます。
- 職場環境の悪化: イライラや余裕のなさは周囲に伝染します。コミュニケーションエラーが増え、職場の雰囲気が悪くなり、離職者が増加する「負のスパイラル」に陥ります。
- 労働災害のリスク: 注意力の散漫は、工場や現場作業において重大な事故(労働災害)を引き起こす直接的な原因となります。
人事が知っておくべき「正しい面談の流れ」
高ストレス者面談は、医師が一方的に診察する場ではありません。企業(人事)と産業医が連携して進める必要があります。
ステップ1:面談勧奨(ハードルを下げる)
ストレスチェックの結果、高ストレスと判定された従業員に対し、医師による面談指導を受けるよう勧奨します。 ここで重要なのは、「面談=評価が下がる・不利益になる」という誤解を解くことです。「あなたの健康を守るために、専門家の意見を聞く場です」というメッセージを丁寧に伝えましょう。
ステップ2:事前の情報共有
産業医への情報提供は非常に重要です。面談前に以下の情報を産業医に共有してください。
- 直近の労働時間(残業時間)
- 業務内容の変化やトラブルの有無
- 上司から見た普段の様子(遅刻が増えた、顔色が悪いなど)
ステップ3:産業医面談の実施
面談では、産業医が医学的な見地から「現在の勤務を続けても健康上の問題がないか」を評価します。
ステップ4:就業上の措置(ここが最重要!)
面談後、産業医は企業に対して「意見書」を提出します。企業はこの意見に基づき、必要に応じて**「就業上の措置」**を実施しなければなりません。
- 通常勤務可: 今のままで問題なし。
- 就業制限: 残業禁止、出張の制限、配置転換など、負荷を減らす必要がある。
- 要休業: 直ちに仕事を休み、治療に専念する必要がある。
産業医面談でできること・サポートできるポイント
私たち産業医は、単に「話を聞く」だけの存在ではありません。企業の健康経営パートナーとして、以下のような具体的なサポートを行います。
① 医学的見地からのリスク評価(就業判定)
主治医は「病気を治すこと」が目的ですが、産業医は**「働ける状態かどうか」**を判断する専門家です。「本人は大丈夫と言っているが、客観的に見ると危険な状態」を見抜き、ストップをかけることができます。
② 職場環境改善へのアドバイス
個人の面談だけでなく、集団分析結果を用いて「どの部署にストレスが高い人が多いか」を分析します。 「特定の部署だけ高ストレス者が多い」といった場合、業務量の偏りやハラスメントの可能性を示唆し、組織的な改善策を提案します。
③ 管理職への教育・コンサルティング
「部下がメンタル不調かもしれないが、どう声をかけていいかわからない」という管理職に対し、具体的な声かけの方法やラインケアの研修を行います。
④ 外部リソースとの連携
必要に応じて、専門の医療機関への紹介状を書いたり、EAP(従業員支援プログラム)やカウンセリングサービスへのつなぎ役を果たしたりします。
企業として取るべき具体的な対策・チェックポイント
最後に、高ストレス者対応を形骸化させないためのチェックポイントをまとめます。
- 相談窓口は明確か? 面談申し込みの心理的ハードルを下げるため、社内窓口だけでなく、外部相談窓口などの選択肢を用意していますか?
- 「不利益取り扱いの禁止」を明文化しているか? 面談を受けたことを理由に、解雇や不当な配置転換を行わないことを就業規則や社内規定で明確に示し、周知していますか?
- 産業医との連携フローはできているか? 「面談しました、終わり」ではなく、面談後の措置決定、その後の経過観察まで、産業医と定期的に情報交換する仕組みがありますか?
まとめ:面談は「組織を強くする」チャンス
高ストレス者面談は、従業員個人の健康を守るだけでなく、組織に潜むリスクを早期に発見し、改善するための貴重な機会です。
「何かあってから」対応するのではなく、「何かが起こる前」に対応できるのが産業医面談の最大のメリットです。 従業員が安心して長く働ける職場環境は、結果として企業の生産性を高め、企業価値の向上につながります。
ぜひ、今年のストレスチェックを機に、産業医と連携を深め、実効性のあるメンタルヘルス対策へと一歩踏み出してみてください。
企業がすぐ着手できる3つのアクション
- 就業規則の確認と周知 ストレスチェック制度や面談実施に関する規定を見直し、「面談を受けても不利益にならない」ことを全社員にメールや掲示板で改めて周知する。
- 産業医との定例ミーティングの設定 安全衛生委員会以外にも、人事担当者と産業医だけで話せる時間を確保し、「最近気になる社員」や「組織の課題」についてざっくばらんに相談する関係を作る。
- 管理職向け「声かけ」マニュアルの作成 「最近眠れていますか?」「顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」など、上司が部下の不調に気づいた際に使える具体的なフレーズ集を共有する(産業医に監修してもらうのがおすすめ)。
「ストレスチェックをやりっぱなしにしている」ことは、企業にとって最大のリスクです。 もし、高ストレス者への対応フローや職場環境改善の進め方に少しでも不安があれば、見直しのタイミングかもしれません。
当事務所は、単なる「名義貸し」の産業医ではなく、人事労務部門のパートナーとして実働するサポートを行います。 「法的な義務」を果たすだけでなく、「従業員が元気に働ける組織」を作るための第一歩を、一緒に踏み出しませんか?
産業医 / 健康経営エキスパートアドバイザー / 健康経営専門医 松田悠司
