月80時間を超える残業が出た。でも、次に何をすればいいかわからない——そんな状況に直面している人事・安全衛生担当者の方に向けて、法令上の義務と企業が取るべき具体的な手順をわかりやすく解説します。
長時間労働は「見て見ぬふり」が一番危険
実態:残業が多い職場ほど対応が後手に回りやすい
「うちの会社は昔からそういう文化だから」「繁忙期だけだから」——長時間労働が慢性化している職場では、こうした言葉で問題が先送りにされがちです。しかし、従業員の残業時間が一定の水準を超えた場合、企業には法令上の対応義務が発生します。これを知らずに放置していると、後になって深刻なリスクを抱えることになります。
放置した場合に何が起きるか
長時間労働を放置した場合に企業が直面するリスクは、大きく3つあります。
① 健康障害の発生
過重労働は脳・心臓疾患(いわゆる「過労死」)やメンタルヘルス不調の主要な要因です。月80時間超の時間外労働は「過労死ライン」とも呼ばれ、厚生労働省もこの水準を健康障害リスクの基準として位置づけています。
② 労災認定・損害賠償請求
従業員が健康被害を訴えた場合、企業が安全配慮義務(労働契約法第5条)を怠っていたと判断されれば、労災認定や民事上の損害賠償請求につながる可能性があります。
③ 行政指導・是正勧告
労働基準監督署の調査が入った際に、過重労働への対応が不十分であれば是正勧告の対象となります。近年は長時間労働に対する監督行政が厳格化しており、中小企業であっても例外ではありません。
法令で定められた「産業医面接指導」とは
面接指導の義務が発生する条件
労働安全衛生法第66条の8に基づき、一定の要件を満たす従業員に対して、産業医による面接指導の実施が事業者に義務づけられています。
具体的には、以下の条件を満たす従業員が対象です。
- 時間外・休日労働時間が月80時間を超えた従業員
- 疲労の蓄積が認められる、または本人が希望している
2019年4月施行の改正労働安全衛生法(いわゆる「働き方改革関連法」)により、従来は「月100時間超」だった基準が「月80時間超」に引き下げられました。また、高度プロフェッショナル制度の適用者については、時間の要件に関わらず面接指導の規定が適用されます。
なお、従業員50人未満の小規模事業場においても、この義務は適用されます。産業医の選任義務がない事業場であっても、面接指導の実施義務そのものは免除されません。
面接指導で確認すること
面接指導は単なる「話を聞く時間」ではありません。産業医が医学的な観点から以下を確認し、就業上の措置が必要かどうかを判断します。
- 勤務の状況(労働時間・業務内容・職場環境)
- 疲労の蓄積の状況
- 心身の状況(自覚症状・既往歴など)
面接後、産業医は事業者に対して就業上の措置に関する意見を提出します。事業者はその意見を踏まえ、残業の制限・休暇の付与・配置転換など、適切な措置を講じる義務があります(労働安全衛生法第66条の8第5項)。
企業が取るべき対応手順:ステップごとに整理する
① 残業時間の正確な把握
面接指導義務の起点は「月80時間超の時間外労働の把握」です。そのためには、客観的な労働時間の記録が前提となります。タイムカード・勤怠システム・PCログなど、客観的な方法で記録していない場合は、まずここを整備する必要があります。
2019年4月以降、労働安全衛生法第66条の8の3により、客観的な方法による労働時間把握が事業者の義務となっています。自己申告制のみに頼る管理は、義務を果たしているとは言えません。
② 対象者へ面接指導の申出を促す
月80時間超に該当した従業員に対し、超過した旨と面接指導を受けられる旨を通知します。面接指導は従業員からの申出を契機として実施しますが、申出を促す通知を行うことが企業側の責務です。
実務上は、翌月初旬に前月の時間外労働時間を集計し、対象者に書面またはメールで通知するフローを設けておくとスムーズです。
③ 産業医との面接を実施・記録する
産業医に対象者の情報(残業時間・業務内容など)を事前に共有したうえで、面接指導を実施します。面接記録は5年間の保存義務があります(労働安全衛生規則第52条の6)。
産業医と契約していない事業場の場合、地域産業保健センター(産業保健総合支援センターが運営)を通じて面接指導を依頼することが可能ですが、定期的に長時間労働者が発生する事業場では、産業医または労働衛生コンサルタントとの継続的な連携体制を整えておくことが現実的です。
④ 産業医の意見に基づき就業措置を実施
面接後に産業医から「残業の上限設定」「職場環境の改善」などの意見が出された場合、事業者はその内容を医師の意見として記録に残したうえで、可能な限り措置を実施する必要があります。措置を講じない場合は、その理由を説明できるようにしておくことが求められます。
自社の対応状況を確認するチェックリスト
以下の項目を確認してください。1つでも「できていない」があれば、早急に体制を整える必要があります。
- 月ごとの時間外・休日労働時間を、客観的な方法で把握・記録できている
- 月80時間を超えた従業員を毎月自動的に抽出できる仕組みがある
- 対象従業員に面接指導の申出を促す通知を行っている
- 産業医または面接指導を実施できる医師と連携できる体制がある
- 面接指導の記録を5年間保存できる管理ルールが整っている
- 面接後の産業医意見に基づき、就業措置の検討・実施が行われている
まとめ
長時間労働への対応は、「法令を守るための義務」である前に、「従業員の健康を守るための経営判断」です。月80時間超の残業が出た段階で何もしなかったという事実は、後になって大きなリスクとして企業に返ってきます。まずは労働時間の正確な把握と、産業医との連携体制の整備から始めることをお勧めします。
→ 関連コラム:産業医の役割と選任のポイント4選 / ストレスチェック後のフォロー|産業医の役割を解説
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産業医 / 労働衛生コンサルタント / 健康経営エキスパートアドバイザー 松田悠司
